【おりナス】 第十話:レモンのたね

      W君、厳しい先輩と英国へ初めての出張です。準備万端のかいあって、順調に初日の仕事が進み、二人で夕食時間になりました。レストランの窓際、景色の良い一角に、向かい合って座ります。冷たいお水が、時差と会議の緊張で渇き気味の喉へ、心地良く流れ込みました。W君も少し緊張がほぐれて、会議中の様子など、気付いた話をしていると、注文した「白身の魚のバター焼き」が、運ばれてきました。W君...話を続けながら、何気なく六分の一のレモンを摘まむと、ギューっと絞りました。その時です...こともあろうに、レモンの種が一粒、ピューと綺麗に弧を描いて飛行し、先輩の小皿へ見事に着陸しました。

     「お前は...こんなマナーも知らんのか!」ハイ、すみません...。今までのリラックスはどこへやら。

二人の間には見えない暗雲がたなびきだして、怒られモードに入りました。「もう一度レモンを絞る作業を見直してみろ!だいたい種が飛びそうだということくらい、予想が出来るだろう。いいか、レモンを絞る時は、手でカバーをするくらいの手間を惜しむな。」ハイ!失礼しました...。「そもそも君のすることには、いつも危うさがある。そこなんだ、これからは何事も、念のために備える事を、忘れるな!」ハイ...小さく答えながら、慌てて添えた左手をそのままに、もう一度レモンを絞ってみると、今度は二滴の汁が冷や汗のように、力なく落ちただけでした。

     整備技術の世界では、理屈抜きでマナーやルールを押し付けてくる先輩は、少なかったと思います。その分経験や経緯をもとに、比喩(例え話)の合わせ技で、説明してくれる先輩が多かったと、懐かしく思い出します。大半は仕事上で、思わず失敗をしてしまったとき、叱咤激励とともに、技術的な引用話や例え話が入って、記憶を濃いものにしてくれます。

     このレモン事件は、真逆のパターンをたどりました。小さな日常のミスを発端に、「そもそも普段から...」と、仕事へ広げられた珍しいケースです。それだけに印象に残りました。

     本件のあと、その話を聞いた仲間うちでは、しばらくの間「念のための仕事」の事を、「レモンの種...」と、言っていました。勿論TEAMの仲間は仕事中に、時折危険回避の気配りを口にするようになり、結束に安定感が見られるように変化してきました。

   追伸)念のためにベテラン客室乗務員に「簡単なレモンの絞り方」を聞きました。レモンをフォークで刺して、左手で押さえながら、右手でフォークを捻るようにすると上手くいくと、教えてもらいました。

 

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Post : 2011年12月26日 16:19 | Category:


【はナス】 第十話:モチベーショナル・ポスター

  1990年代半ば・・・長引く経済の低迷に「もはやこれは景気の落ち込みではない。これが普通の状態だと思って頑張ろう!」と言い出した頃のお話です。世間には新たな活路を求めて、「挑戦!」や「協力!」という、スローガン的な文字が躍りだしました。

  ある時、技術会議出席のため、米国内の航空会社を利用しました。飛行中しばらくコトコトと揺れが続き、持ち込んだ文庫本を、前の座席ポケットへ入れて(戻して)、その代りに機内販売の小冊子を持ち上げました。この小冊子は、各航空会社が競って工夫を凝らしているので、かなりの確率で、思い掛けないグッズに出会う楽しみがあります。何気なく写真を眺めていると、やっぱり見つけました。

  綺麗に額装された写真のポスターです。しかもその写真にピッタリの「言葉」が、ひと言だけ大きく添えてあるのです。カメラ目線の白頭鷲の写真には「Focus」、沢山のオールがピタリと揃って、夕日に向かうレガッタ(ボートレース)には「TEAM Work」、ハワイの大波(パイプライン)には「Change」と言う具合で、写真と文字が実にフィットしているのです。これらのポスター写真を見ながら、これからは大波のような変化が来る、TEAM Workでこの難関を乗り越えるためには、目的・目標にしっかりFocusを当てなければ成らないなぁ...「それにしても、ポスターの実物が見てみたい...」

  夕方目的地へ到着してから、ショッピング・モールを探し歩きました。綺麗に飾った額縁屋さん、CD屋さん、本屋さんなどを廻ってみると、実に沢山の種類のポスターがあることを知りました。店員を呼んで訊ねます。「ほら...鷲がこっちを向いていて...」おお、これか?といって動物ポスターを見つけてくれます。「いやいや...ハワイの大波にChangeなんて書いてある奴...」おおそうか、それならと言って、ダイヤモンドヘッドの風景写真を広げてくれます。そうではなくて...何と言えばいいのか?ほら...と、困惑しながらポスターのサンプルをめくっているうちに、偶然出てきました。店員氏曰く、「Oh...MOTIVATIONAL POSTER!」。そうこれだよ、諦める寸前の遭遇でした。「モチベーショナル ポスター」というジャンルがあることを知りました。

     気に入った五つの言葉を選び、購入の依頼をして待ちました。店員が出してきてくれたポスターを見てびっくり!ポスターの大きさがタタミ一畳くらいあったのです。丁重に詫びを入れ、購入を止めてホテルへ戻りました。   追伸)その後、手頃な大きさのポスターを郵便オーダーで手に1-10poster.JPG入れました。

 

 

 

 

 

 

Post : 2011年12月19日 16:12 | Category:


【もてナス】 第九話:瞬間へのこだわり


     新しい契約条項を詰めていた時です。「和田君、そんなにこだわるなよ。"最善は瞬間だから..."今は最善でも、すぐにそうでは無くなるんだ。」(だから...セカンドベストで先に進もう!)という言葉が、トップから聞こえてきました。正直その時はびっくりしましたし、残念にも感じました。最善の方法が導入できないとなれば、その後もズルズルと、原則が崩壊して行くような気持ちになったのです。結局第二案で進行してゆくと、すぐに別の思い掛けない問題が露呈して、第一案にこだわる必要もなかったということすら忘れて、降りかかる火の粉と戦うことになりました。そこで「最善は瞬間である。」という、先輩のセリフだけが頭から離れずにいました。

     ある時、所属の若い社員が、思い掛けず素晴らしい仕事を完成してくれました。それは、別の部署に協力して、自分のノウハウを使用して業務の下水管の詰まりを、取り除いてくれたような成果です。考えてみれば、流れていった仕事は「後の工程」にまかせっきりで、流れが悪いことを意識せずに、解決しようとは思いませんでした。その問題に若い人が気付き、後工程と協力し、スムーズに流れるように、いわば「普通」にしてくれたのでした。「便秘」が治ったような、すがすがしい気持ちでしたが、それとてすぐに「当たり前」になりました。

     そこで「瞬間」という事を思い出しました。若い彼が「古い普通」を、打ち破る瞬間を見せてくれたのです。でもその瞬間の最善を喜んで、すぐに「新しい普通」に落ち着いてしまった...。若い彼が「最善の瞬間」を創り出してくれたことには、もっと大いに感動すべき事じゃないか...。やはりその瞬間を直ちにPick Upして、その功績を讃えるべきと考えました。

    そこで 「期待を超えた瞬間!」という即時表彰制度を作りました。それはどんな立場の従業員も、全く同じ条件で「今までの状況から立ち上がって、首ひとつ出してくれた瞬間」を丁寧に見つけて、その芽を支えて育てようというものです。あらゆる事が「瞬間」で古くなる流れの早さ...だからこそ「瞬間」の変化をちゃんと見ていないと、折角の頭角を見逃してしまいます。フィギュアスケートの4回転ジャンプは、前人未到の時だけ高く評価されます。しばらくするとそれは「普通のこと」になってゆきます。しかしどんな人でも「2回転が出来た!」という、瞬間の喜びを共有してくれる人がいると、次の3回転への励みになります。よく目を凝らして見ると、職場のあちこちで「彼が2回転」「彼女が3回転」と、成功しているのが見えてきます。周囲が見過ごしてしまって、何気なく上手に着地すれば、何事も無かったように...その瞬間は消え去り、発見のない毎日が流れてしまいます。

 

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Post : 2011年12月12日 16:02 | Category:


【おりナス】 第九話: 事務系技術屋

       技術屋のいない事務系の部署、異動したことがありました。当初の違和感は、一ヶ月で払拭されました。気が付けば雰囲気は新鮮で、技術屋の看板は敬意をもって受け入れられて、今までに無い居心地です。次第にベテラン事務屋さんの、検討から決定のプロセスのスピードに憧れました。三ヶ月もすると、自分に足りない部分を意識しました。みんなが知っているはずの事は、説明抜きで先を急いでも良いのかも知れない。仕事が出来るっていうのは、そんな事なんだ...実力のない自分の気持ちは結局、楽をしようとする事に近づいてゆきました。

   ある日、事務系の先輩と一杯やりました。そこで思い掛けないことを忠告されたのです。

「君...キミは技術屋だろ?無理して事務系みたいなカッコをするなよ...」

"へぇ...そうですねぇ..."

   その時は意味不明で終わりました。しかしその後...業務の中で

「この件は技術的な内容ですね。和田君の見解を聞こう...どこまで検討してますか?」

      自分としてその件は、もう結論が出たという気持ちで検討もせず、しっかりとした説明が出来ませんでした。

"しまった!この前、技術見解を頼むと、言われたんだ。周りの人達の結論を知ったら満足し、本分を忘れて自分の役目を、おろそかにした。先日「技術見解が無いなら、あんたは必要ない!」と言われたのに、それが理解できていなかった..."

   近頃、事務屋と技術屋の垣根は、低くなってきました。しかし長年培ってきた専門性の目、その感性から得られる見解というのは、危険回避という重要なテーマで、生かさなければなりません。自分が育ってきた部署には、もっと深い検証が可能な人材がいる事も知っています。こういう人脈を十分に活用出来るのは、そこから来た人だけです。折角違った部署異動した時、そこでチームに新たな視点が芽生えるか、そのまま埋もれてゆくか...大事なポイントに気付かせてくれた「猛省の一件」でした。2-9jimukeigijutsuya.jpg

Post : 2011年12月 5日 15:40 | Category:


【はナス 】 第九話: 禁煙の決断

   20代半ばで北海道へ転勤しました。はじめに身を寄せた独身寮は、木造2階建て、ひたすら平原が見渡せる場所にあり、遠くに蒸気機関車が走ってました。寮母さんは年配の方で、食堂の床全面に新聞紙を敷き詰めて、車座でジンギスカンを食べさせてくれるような、気さくさがありました。
   しばらくして、丘の上に鉄筋の独身寮が新築されました。その移転を機会に、寮長さんはS夫妻に替わり、日々の生活も近代化?されてきたと思います。でも...その時分の我々は、お酒を飲み歩き、ほとんどの仲間がタバコを吸い、生活態度を変えずにいました。
ある晩、遅くにちょっぴり多めに酒を飲んで、寮に戻りました。S寮長がまだ起きてくれていて、声を掛けてくれました。
ありがとうございます。もう休みます...と言いながら、トイレに入った後、床にしゃがんで寝込んでしまったようでした。気がつくと、S寮長が真剣なまなざしで、こちらを覗き込んできます。やや遅れて私は、事情が飲み込めたので、自力で立ち上がると、部屋へ戻ってベッドへなだれ込んだのでした。
   翌朝、S寮長夫妻に呼ばれました。「若いうちの失敗は良いけど、私はあなたのお身体をご両親からお預かりしている。昨夜は心底、びっくりしました。何かあったら、本当に親御さんに申し訳が立たない。」  へぇ...どうもすみません、以後気をつけます。
「ついては...和田さん、あなたはお酒とタバコを両方やっていますね?」、ハイ!と応えると、「本日を限りに、どちらか一方を止めなさい。それがあなたの健康の為ですし、私達からのお願いです。」えぇ???昨夜のことなど、たいした事ではないのに...。「いえ、一つは止めなさい。あなたの健康維持は、私にも責任があります。」はい...判りました、今日中に結論を出します。
   その日の昼に「タバコを止めます。」と宣言をしに、寮長さんの所へ行きました。寮長は安堵した笑顔で「それは良かった。まぁ、お酒は将来必要なことも、あるかも知れないしね。」と、素直に了承してくれました。あまりに真直ぐで真剣な指導、二択の勧め、屈託のない笑顔に、期待を裏切るということが、とても罪悪に思えました。こうして20代半ばで、タバコの煙(えん)を切りました。

   それにしてもS寮長の誠実さ、温かさ、そしていささかの強引さ...この人を失望させることの出来ないと、思ってしまう懐かしい先輩の一人でした。
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Post : 2011年11月30日 14:30 | Category:


【おりナス 】 第八話: 真似ごと

3-8manegoto.jpg   もう30数年前のことです。仕事で米国S市に、しばらく滞在しました。普段は技術者として部品検査業務を行いながら、休みは散策ばかりです。海辺の公園に、記念碑が建っています。その記念碑から、S市は横浜市と姉妹都市であるとを知りました。ここでは夕日が海に沈むんだ...と、のんびり記念碑の横に立っていると、品性いやしからぬ老人が歩いてきました。
   「君は日本から来たのか?」 "えぇ...横浜から来ました。" 「何をしているのか?」 "エンジニアです" 自己紹介を含む世間話の中、その先輩が船舶関係のエンジニアだったとのことで、話題はかろうじて盛り上がりました。別れ際に、型通り「Thank you、会話を楽しみました...」と挨拶をしました。すると彼は名刺を出して、おしゃれな万年筆で電話番号だけ書くと、「遊びにおいで、飯でも食べよう...」
   カッコいい老人でした。名刺には名前だけしか、印刷していないのです。でも立ち居振舞いから、紳士でしたので、後日電話を掛けてみました。自宅へ行って、彼がかつて横須賀に住んでいたり、奥様は日本食のファンであることが判りました。そこで疑問となっていたことを、聞いて見ました。
   "先日の名刺は、名前しか書いてなかったですね。電話番号だけを書いてくれて..."
「ウン、Mr. Wada...キミも気をつけるんだよ。滅多な人に電話番号や住所を、教えてはいけない。面倒を背負い込むから、間違いないと思った人にだけ、書き込んで渡すんだ。話してみれば判るじゃないか。人の付き合いに肩書は必要ないよ...」
   そのカッコ良さが忘れられませんでした。そして20年後、50歳になるのを待って、自分で「名前だけの名刺」を作りました。二つポケットの名刺入れの左に「仕事用」、右に「名前だけ」を入れて、仕事以外の人(趣味とかクラス会で...)には、その場で住所や電話番号を書いて渡すことにしました。
   ところがその名刺を出すと、受け取った人が、実に怪訝な顔をします。「どこの何やつ?」という顔をして、半歩下がります。周囲に妙な違和感が生まれます。やはり「名前だけ」ではダメでした。たぶんそれだけ企業名刺からは、自分だけではなくて、周囲の関係者すべてが「信用」というサポートをしてくれているのでしょう。その老人から「自分の情報」だけでなく「他人の情報」の大切さと意味を教わりました。結局「名前だけの名刺」は100枚作って、顔なじみの仲間に5枚くらい消費し、残りは捨てました。情報の持つ意味を再認識した「真似ごと」でした。

Post : 2011年11月30日 14:26 | Category:


【もてナス】 第八話: なるほど

   「なるほど...」と、思う事に出会うと、目の前が開けたように、気持ちがスッキリすることがあります。本やドラマで大人気を博し、観客動員数を劇的に改善した「旭山動物園」に関して、「なるほど!」と、思う事がありました。
   旭山動物園の功績は、動物たちの習性を上手く引き出して、観客への見え方を変えて、爆発的な人気を得たと聞いていました。そして人気が出るまでの苦労話が、身につまされて感動的だとも知っていました。しかしある時、元園長だった方の講演をお聞きして、更に著書を読むに至って「こりゃ違う...」と思ったのです。
   旭山動物園では、動物たちがツガイ(夫婦になる)になって、無事に繁殖してくれるように努力しています。その繁殖率では、世界でも有数な施設なんです。」という説明をお聞きしました。「なるほど...」観客を喜ばせる為なら他にも方法があるんだ。でも「安心して繁殖をする気になる環境を提供する」というのは、動物たちの気持ちになってみないと、とても実現できません。そうして彼ら(動物たち)にとって習性が発揮できるような施設を、みんなで工夫したというロジックのようでした。観客への見え方は、その結果出てきたものだったようです。
   この話しをお伺いして、すごく活用できる考え方だと感じました。例えば「車を運転出来る」という事で考えると、大切なことは「無事に目的地へ到着する」という事です。「私なら50分で着きます」と言われても、無事到着の方が気になります。また「お料理が出来る」という事は、「美味しく食べられる」という事なんですね。ややもすると...不衛生だったりすると、美味しく食べられないこともあります。
   動物たちの「繁殖」という動作は、とてもデリケートな心境が現れた結果で、残されるものなのです。彼らが何を恐れて、何を喜んで、何を嫌がっているかという事がしっかり判って、その施設で「安心して繁殖する」という環境を提供した旭山動物園の「着眼と行動」は、さすが秀逸です。
   naruhodo1113.JPGこの「なるほど」は、技術の世界でも役立つ、基本的な目的設定という部分を教えてくれています。

Post : 2011年11月30日 14:22 | Category:


【はナス 】 第八話:手応え

   「こちらが話している時に、何か他の事をやっているんじゃあないよ、まったく!聞こえているの?あんたの為を思って言ってるのよ!」 これは何処にでもありそうな、家族の会話です。何か投げかけた発信が、到着したのか、無視されたのか、忘れているだけなのか?これは大いに心配であると同時に、次のステップへのやる気に関わってきます。
「先輩...これ終わりました。3ページ目のところ、ちょっと自分で作り直しましたので、ちょっと見ておいてください。」
"あぁ...ウン。"
その後、先輩からは何も返信がありません。「良かったのか、悪かったのか?もう遅すぎたのか、興味が変わってしまったのか?」落ち着かないまま数日後、
「W君...今度はこれ!前と同じにね。」
"えぇ...?"
前のは、あれで良かったのかなぁ...「あぁウンの呼吸」では意気消沈してゆく事さえあります。こんな時W君は、「ウン、中々面白いぞ...」と褒めて貰いたかった、イヤ!そこまででなくても、先輩としては「ちょっと褒めておくチャンス」だったのかもしれません。後輩の発信に対して、上司や先輩が確実に返信で答えておくのは、人生の中でとても重要な「手応え」という、心の物理現象を生みます。
   人が一番幸せを感じるのは「手応え」を感じた時だと言われています。釣竿の引きと同じです。何かの働きかけをして、その返事や、謝意という結果を得たとき、発信者には「あぁ...良かった」という安堵の気持ちと、「こうすれば喜ばれる」という繰り返しに対する自信が生まれます。そこで返信者は、反応にちょっと味付けをすれば、悪い芽を抑えて、良い芽を伸ばす機会が作れます。
   メールが普及してきた時、発信のし易さに感激しました。でも良く考えて使ってみると、返信機能はもっと充実しています。即ちとても「手応え」を出しやすいツールですねぇ。余りの簡単さにエチケットを飛び越えてしまう事さえありますが、見聞したことへの感想や、お礼、次への期待感などを数行で送り届けておくのには、最高の近代的ツールです。一般の方でも、ネット上でホームページを持っている方がおりました。そこにブログが出来て、双方向性を楽しむようになり、そしてツイッターから、フェイスブックへ進化を遂げてきています。これらすべて「手応え」を楽しむ、その充実感が流行の源泉だと思います。
   是非家庭でも職場でも...八方向(三次元+時間軸)へ「手応え」を発信してください。三か月で確実に「貴方を理解してくれる人」が、増えて来ます。tegotae1107.JPG

Post : 2011年11月30日 14:17 | Category:


【もてナス】第七話:やる気地蔵

  年末にはトップの「安全巡視」があります。トップ経営者が各職場を廻って年末年始の安全総点検を促し、同時に「良いお年を」と声を掛けてゆきます。当時若きエンジニア(?)だった私は、机の上に「やる気地蔵」(陶器製尾道市産)を置いていました。挨拶の終わったトップが、私のデスクを通り過ぎてから振り返り...
「これ...誰の?」 ...私のです...
「ふふん...君らしいね!」
   ニヤリとすると、これだけの会話で、次の職場へ向かってしまいました。でもこの「君らしい」というトップの言葉に、びっくりしました。それほど自分を、ご存じないはずです。でも「君らしい」というのが、褒め言葉であったことは、笑みが示していました。可愛い「やる気地蔵」がトップの心を和ませてくれたことは間違いなかったようでした。
   それから十年ほど経って、今度は私がそのトップのスタッフとして着任しました。その挨拶の時、はっきりと「あぁ...あのお地蔵さんの和田君か...」と言われたのです。トップはこうして従業員の特徴を、覚えてゆくのだと知りました。何か印象があると、その事例になぞらえて記憶してゆきます。そしてその印象はなかなか変わりません。当時私はやや疲れ気味だったのに、「やる気地蔵」に救われました。人の印象は数秒で決まります。そしてそれを変えるのは、大変な時間と労力を要します。この件から、第一印象の大切さを教えてもらいました。
PS:(やる気地蔵はまだmote7yarukijizou.JPG自宅に安置されております。)

Post : 2011年10月31日 13:53 | Category:


【おりナス】第七話:役不足(コラボラム)

   今回は「言葉の玉手箱」というコラムを書いている上田紀子さんに了解を頂き、コラボ風コラム(コラボラム)を企てました。コラボテーマは玉手箱第7話、「役不足」です。
   ここ築地といえば歌舞伎座がすぐ近くにあります。今は「平成の建替え」の真っ最中であり(平成25年春落成予定)、いよいよ工事の様子が囲いを越えて、外から見えるようになって来ました。そこで上田さんのコラムにあったように、歌舞伎の世界で「自分には役が小さすぎる(役不足)だろう...」と、一人悩みきった人について、お話しします。その人は、その苦痛をバネにして、更に大きな役者に成長したという出世噺を残した「中村仲蔵」...その人です。
   初代「中村仲蔵」は大部屋から身を起こし、破格の出世で名代(なだい)に昇進したにもかかわらず、次の大きな演目「忠臣蔵」でついた役は、格下の役どころ「定九郎」ひと役のみでした。期待が裏切られ、勧進元を怨み、そして荒れてゆく仲蔵を見かねて、女房のお岸が言いました。「今までにない定九郎を拵え上げてください。貴方様ならそれが出来ます」。数日悩み抜き、思い詰めた仲蔵が、蕎麦屋で雨宿りをしていると、そこへ飛び込んできたビショ濡れのお侍姿を見た途端、仲蔵の脳裏を、稲妻のようにアイディアが走りました。そしてついに定九郎役の工夫が固まりました。
   さて芝居の初日、今迄とまったく違う「仲蔵の定九郎」を見たお客からは、何の反応もありません。しくじった、芝居を台無しにしたと、早とちりした仲蔵は、上方へ逃げ出そうと秘かに家を出ます。ところが大通りの人混みで聞こえてくるのは、定九郎の好評価ばかり。その事を女房へ伝えたくて、また家に戻ると、勧進元からも「あまりの素晴らしさに声も出せなかった」という評判を聞かされ、「この芝居はこれからずっと続けてくれ」と告げられた仲蔵は、隣座敷にいた女房とともに、涙を流して喜びました。(落語「中村仲蔵」より)
   それまで「定九郎の出番」は、 「弁当幕」といわれ、名前の小さな役者の役どころでした。お客様は賑やかにお昼のお弁当を楽しみ、舞台から目を離す幕だったのです。しかし腐りかけた仲蔵を励ました女房と、必死で工夫に結び付けた仲蔵の功績で、「定九郎の場面」は、後世まで大いに盛り上がる、大事な幕に成長したのでした。
   ベテランや役付きになると・・・「こんなこと若い奴の仕事だろ...」とか、「今更なんで俺が・・・」と思う時もあります。しかしその時こそ、手を抜かず「自分だからこそ、何か工夫が出来る・・・」と考える余地と機会を得たことを喜べば、素晴らしい結果が待っているという事を、教えてくれています。

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Post : 2011年10月24日 13:49 | Category:



INSTRUCTOR PROFILE

和田 重恭 SHIGEYASU WADA
「安全・安心テーマ」講師

全日本空輸株式会社 整備本部整備訓練センター長、ANAグループ安全教育センター副センター長などを経て現在に至る。


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